2017年3月27日 星期一

印相;手印、mudraa

印相(いんそう、いんぞう)は、ヒンドゥー教及び仏教の用語で、両手で示すジェスチャーによって、ある意味を象徴的に表現するものである。印契(いんげい)、あるいは単に印(いん)とも。

概要[編集]

サンスクリットムドラーमुद्राmudraa)の漢訳であり、本来は「封印」「印章」などを意味する。主に仏像が両手で示す象徴的なジェスチャーのことを指す。
寺院その他で見かける仏像には、鎌倉大仏のように両手を膝の上で組み合わせるもの、奈良の大仏のように右手を挙げ、左手を下げるものなど、両手の示すポーズ、すなわち印相には決まったパターンがある。それぞれの印相には諸仏の悟りの内容、性格、働きなどを表す教義的な意味があり、仏像がどの印相を結んでいるかによって、その仏像が何であるか、ある程度推測がつく。
密教曼荼羅などには、様々な印相を結ぶ仏、菩薩像が表現されているが、ここでは日本の寺院などで見かける代表的なもの数種類について略説する。

主な印相[編集]

施無畏印(せむいいん)
手を上げて手の平を前に向けた印相。漢字の示す意味通り「恐れなくてよい」と相手を励ますサインである。不空成就如来が結ぶ。
与願印(よがんいん)
手を下げて手の平を前に向けた印相。座像の場合などでは手の平を上に向ける場合もあるが、その場合も指先側を下げるように傾けて相手に手の平が見えるようにする。相手に何かを与える仕草を模したもので宝生如来などが結ぶ。
施無畏与願印(せむい よがんいん)
右手を施無畏印にし、左手を与願印にした印。坐像の場合は左手の平を上に向け、膝上に乗せる。これは信者の願いを叶えようというサインである。施無畏与願印は、如来像の示す印相として一般的なものの1つで、釈迦如来にこの印相を示すものが多い。与願印を示す左手の上に薬壷が載っていれば薬師如来である。ただし、薬師如来像には、本来あった薬壷の失われたものや、薬箱に乗るなど元々薬壷を持たない像もある。また、阿弥陀如来像の中にも施無畏与願印を表すものがあり、この印相のみで何仏かを判別することは不可能な場合が多い。図1は香港・ランタオ島の天壇大仏で、施無畏与願印を結ぶ。
図1 施無畏与願印 (香港・天壇大仏)
転法輪印(てんぽうりんいん)
釈迦如来の印相の1つで、両手を胸の高さまで上げ、親指と他の指の先を合わせて輪を作る。手振りで相手に何かを説明している仕草を模したもので「説法印」とも言う。「転法輪」(法輪を転ずる)とは、「真理を説く」ことの比喩である。
親指とどの指を合わせるか、手の平を前に向けるか自分に向けるか上に向けるかなどによって様々なバリエーションがある。例えば胎蔵界曼荼羅釈迦院の釈迦如来の場合、両手の指先を上に向け、右手は前に、左手は自分側に向ける。この場合、右手は聴衆への説法を意味し左手は自分への説法を意味する。
定印(じょういん)
坐像で、両手の手のひらを上にして腹前(膝上)で上下に重ね合わせた形である。これは仏が思惟(瞑想)に入っていることを指す印相である。
釈迦如来、大日如来(胎蔵界)の定印は左手の上に右手を重ね、両手の親指の先を合わせて他の指は伸ばす。これを法界定印(ほっかいじょういん)といい、座禅の時結ぶ事でなじみ深い印相である。阿弥陀如来の定印は密教では法界定印とされるが、浄土教などでの場合は同じように両手を重ねて親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作るものもある。阿弥陀如来の印相には沢山のバリエーションがあるので、後に詳述する。
触地印(そくちいん)
降魔印ともいう。座像で、手の平を下に伏せて指先で地面に触れる。伝説によると、釈迦は修行中に悪魔の妨害を受けた。その時釈迦は指先で地面に触れて大地の神を出現させ、それによって悪魔を退けたという。このため触地印は、誘惑や障害に負けずに真理を求める強い心を象徴する。釈迦如来のほか、阿閦如来天鼓雷音如来が結ぶ。
智拳印(ちけんいん)
左手は人差し指を伸ばし、中指、薬指、小指は親指を握る。右手は左手人指し指を握り、右親指の先と左人指し指の先を合わせる。大日如来(金剛界)、一字金輪仏頂多宝如来が結ぶ。
降三世印(こうざんぜいん)
小指を絡めて胸の前で交差させる印。

阿弥陀如来の印相[編集]

図2 定印 (鎌倉大仏)
阿弥陀如来の印相には数種類あるが、いずれの場合も親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作るのが原則である。
定印(じょういん)
前述の通り。阿弥陀如来の場合は、両手を胸の高さまで上げ親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作るものもある。日本での作例としては、宇治平等院鳳凰堂本尊像、図2の鎌倉高徳院本尊像(鎌倉大仏)などがある。
説法印(せっぽういん)
転法輪印のこと。両手を胸の高さまで上げ、親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作る。日本での作例としては、京都・広隆寺講堂本尊像、法華寺像などがあるが、比較的珍しい印相である。当麻曼荼羅の中尊像もこの印相である。
来迎印(らいごういん)
施無畏与願印に似て、右手を上げて左手を下げて共に手の平を前に向け、それぞれの手の親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作る。信者の臨終に際して、阿弥陀如来が西方極楽浄土から迎えに来る時の印相である。日本での作例としては、京都・三千院の阿弥陀三尊の中尊像などがある。浄土宗浄土真宗の本尊像は基本的にこの印相である。図3は茨城県の牛久大仏で、来迎印を結んでいる。
東京都世田谷区九品仏浄真寺(通称九品仏)には9体の阿弥陀如来像が安置され、それぞれが異なった9通りの印相を示している。これは『観無量寿経』に説く九品往生(くほんおうじょう)の思想に基づくものである。極楽往生の仕方には、信仰の篤い者から極悪人まで9通りの段階があるとされ、「上品上生」(じょうぼんじょうしょう)から始まって「上品中生」「上品下生」「中品上生」「中品中生」「中品下生」「下品上生」「下品中生」「下品下生」に至る。浄真寺の九品仏の場合、阿弥陀如来の印相の内、定印を「上生印」、説法印を「中生印」、来迎印を「下生印」とし、親指と人差し指(中指、薬指)を接するものをそれぞれ「上品」「中品」「下品」に充てる。

印鑑における印相[編集]

印鑑(印章)の印影デザインを印相と呼び、占いの対象とする場合がある。左右対称の文字配列は不吉とされ、また長く使っていると欠損箇所が生じるので、その出方で占う。

手印,為印度教佛教術語,係以兩手擺成特定的姿勢,用來象徵特定的教義或理念。

其它手印[編輯]

禪定印[編輯]

禪定印
禪定印(Dhyana-Mudra)是佛陀入於禪定時所結的手印,或可稱為定印、法界定印。如果只有左手,也可稱為定印、等持印。持此印者有阿彌陀佛、藥師佛、長壽佛、阿氏多尊者等。
姿勢
雙手平伸,手心向上,通常右手在上,兩拇指指端相拄,交互疊放於兩腿間。

皈依印[編輯]

皈依印(Sharanagamana-Mudra)又稱施依印、護法印或三寶印。持此印者有菩薩、觀音、度母等。
姿勢
左手拇指的指尖輕觸小指以外任一指的指尖,其它三指自然抬起。
含義
翹起的三指代表皈依佛、法、僧三寶。

無畏印[編輯]

無畏印
意為「全然無懼的人」或是「令人安心,平靜者」。 據說能使眾生心安,無所畏怖,所以稱為施無畏。 屈手上舉於胸前,手指自然舒展,手掌向外。 這一手印表示了佛為救濟眾生的大慈心愿。

殊勝三界印[編輯]

殊勝三界印
殊勝三界印(Humkara-Mudra)

予願印[編輯]

予願印(Varada-Mudra)又稱施予印施願印布施印。持此印者有藥師佛、觀音、綠度母、白度母等。
含義
表示以普度眾生的慈悲心施與,給予眾生所需,滿足眾生所願的意思。
姿勢
右手自然平伸下垂,手心向上。

觸地印[編輯]

觸地印(Bhumyakramana-Mudra)又稱證悟印降魔印。 釋迦牟尼佛在證悟之前,以指觸地,大地裂開,將前來擾亂的魔女吸入地底,因此而得名。[來源請求]
持此印者有釋迦牟尼阿閦如來等。
姿勢
右手自然下垂,手心向內,置於右膝蓋與小腿腹之間,中指觸地。

期剋印[編輯]

期剋印
期剋印(Tarjani-Mudra) 佛頂尊勝佛母身面白色,三面:中白、右黃、左藍,八臂:右上手持十字杵、當胸,余右手:無量光佛、箭、布施印,左上 手期克印 、當胸持索,余左手:無畏印、弓、盈滿甘露之寶瓶,黑髮、半髻半旒(liu音流,帝王禮帽上前後懸垂的玉串)、五佛寶冠、身披羂衣,跏趺坐光蘊中。

合十[編輯]

合十(Anjali)可算是日常生活中最常見的手印,出家人打招呼時常做此印,姿勢是雙手當胸,十指自然舒展相合,手心中央形成空穴,如捧物狀。除了表示禮敬、虔誠外,也隱含著證悟空性、相印、無二無別。 持此印者有四臂觀音、千手觀音、龍王等。

說法印[編輯]

說法印
說法印(Dharmachakra-Mudra)

事業手印[編輯]

在金剛乘中,以事業手印(儀式化的男女性行為)進行雙身法修行。透過觀想,而不進行實際性行為的修行方法,稱為智慧手印

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